「パテ」とはイランの南東部にあるケルマーン地方でつくられるハンドメイドの刺繍布です。ネット上に情報がほぼありませんので、日本でご紹介するのは当店が初めてだと思います。実は私も、ケルマーンを訪問するにあたり絨毯以外で何か面白い特産品は無いかとペルシア語でグーグル検索していて知りました。
中央アジアの刺繍というとウズベキスタンのスザニが高名です。スザニとパテの違いとしては、スザニは大きいサイズのものは、小さい布に刺繍したものを繋いでつくりますが、パテは一枚布です。また素材についてもスザニは綿布・シルク布・ナイロン布などに、綿糸またはシルク糸で縫われますが、パテはウールの布地にウールの糸で縫われるものがほとんどで、シルク糸で縫うものは一部です。デザインの印象として、プリミティブでフリーハンドデザインな感じがスザニの魅力ですが、パテは、ペルシャ文化の本流らしく緻密で洗練されたデザインとなっています。
以前ウズベキスタンのある地方の家庭に訪問した際、フェルガナ産シルクを繭のまま仕入れ、それを茹でて糸をとり、手紡ぎした後に草木染して作ったシルク糸で刺繍する、オール自家製のものを見てからスザニは大好きなので、いつかご紹介しようと思います。
スザニには自分で(フリーハンドで)下絵を描いた時のボールペンの跡がよく残っていることがあったり、刺繍にも部分部分で割と大雑把な所もあるのですが、パテにはそういうことはありません。お国柄の違いでしょうか、それぞれに魅力があり面白いです。
ご参考までにパテを縫う様子のわかる動画をご紹介します。とても手の込んだ工芸品であることがお分かりいただけると思います。
また以下に拙訳で恐縮ですが、ペルシア語Wikiのパテページより抜粋・要約をご紹介します。文字通りの拙訳で、英語でいうと中学生レベルのペルシア語スキルですので、意味がどうにもわからない部分(結構ある・・・)はすっ飛ばしています。ご容赦ください。
パテ、もしくはパテドゥーズィーはケルマーンの刺繍の一種である。パテのベースとなる布地は“アリーズ”と名づけられている。パテを作るのは大抵、家事をしている女性たちや娘たちであり、色糸のひと針ひと針によってインスピレーションをアリーズのキャンバスに描く。
パテという言葉の語源は、ウールや綿を意味する「ポト」である。モーイン事典(訳注:イランの有名な事典)ではポトの語について、このように説明している。
“山羊の毛の根本に生える柔らかな毛をくしで取り、それからショールを作った”
デフホダー辞典でも下記のように記載している。
“山羊の毛、山羊のアンダーコート、山羊の毛の根本からくしで取る柔らかな毛・・・ショールや帽子、フェルトや羊飼いのローブ、などに用いる”
ジャムシード=サルーシャーンはゾロアスター辞書の中で、パテは色糸によってアリーズやショールに縫われる美しいデザイン~ペイズリー・糸杉・メダリオンなど~のイランの刺繍のひとつである、と述べている。
ケルマーンの女性たちが朝から晩まで針を動かし、パテは作られてきた。現在もケルマーン・シールジャーン・ラフサンジャーン(訳注:いずれもケルマーン州の都市)でよく流通している。
残念ながらこの美しい芸術のはっきりとした歴史は不明である。しかしサファヴィー朝期には使われていたことがシャルダン旅行記(訳注:シャルダンは17世紀のフランス人旅行作家)に記載されている。
現在残る最も古いものは、ヒジュラ歴1285年(訳注:西暦1868~1869年)のものが知られている。このサンプルは、小さな布で、その一面に小さい花々があしあらわれており、松の枝と幹の模様が色付きのシルク糸でもって、クリーム色のウールの布地に形作られている。その絵柄は“争いと和解のボテ”(訳注:ペアのボテ模様の名称。ボテとはペイズリーのこと。“争い”とは互いが外側に反ったペア。“和解”は内側に反ったペアの模様)である。
もう一つの古いパテの例として、シャー・ナアメトラー・ヴァリー(訳注:イランのスーフィズム神秘主義の詩人)の墓のヴェールとして捧げられたものが挙げられる。ヒジュラ歴1280年の作とされている。
パテを構成する素材はアリーズ(ベースとなる布地)とリース(色糸)である。 アリーズは昔、スカートや背広やマントに利用するために作られた。布は手作りで、木の織機によって作られていた。しかし近年では木製織機はモーター駆動の機械となり、手織りのアリーズは徐々に工場製の織物に変わった。現在ではパテは機械織の布地に縫われている。
リースは一般的に、ナツメ色、黒、緑、濃緑、黄、橙、赤、濃い青、黄緑、うるし色、などの色が使われる。糸は手紡ぎ、もしくは機械によって紡がれたものである。使用量はデザインの種類や密度によって異なる。しかし平均で1平米ごとの刺繍には、約375g~400gの糸が必要とされる。
パテ刺繍の作り方としては、最初にアリーズを必要な分切り取り、それをデザイナーの手に委ねる。パテを縫う女性たちは直接そのデザイナーとやり取りするのではなく、通常、パテの材料の販売者が、カット・デザイン済みのアリーズを大量に在庫しており、それを縫い手に売っている。
デザインの段階では、最初に図柄を透過紙上に製図する。その後そのラインにそって均等に紙に穴をあけ、対象のアリーズの上にそれを一致させて置く。その上から石灰、または炭の粉をかける。この行為をガルテザニーと呼ぶ。暗い色の布地には石灰を、明るい色の布地には炭を使う。そして、アリーズ上にできた点を筆と墨汁で結び、下絵が描かれる。
その後、糸と色の選択がなされる。明るい色は近年になって使われるようになったが、本来は大部分、暗色のものが多かった。
糸の選択と準備の後、初めにメインのラインを縫っていく。この段階では線状に縫われ、サーグドゥーズィーという手法が有名である。それから絵柄とメイン部分を特別な手法で埋めていく。専門用語ではアーブドィーズィーやマトゥンドゥーズィーという。三番目の段階がもっとも重要な段階であり、バルグドィーズィーと言って、花々などの絵柄の周囲を糸で覆っていく。(訳注:すみません、私も〇〇ドゥーズィーがどんなものなのかわかりませんが、それぞれ「○○縫い」といった縫い方の手法です。)
刺繍が終わったあと、パテを洗って「アイロンローラー」と呼ばれる特殊な道具をかけてから販売される。
最も有名なパテは、ケルマーンのマーハーンにあるシャー=ナアメトラー=ヴァリーの墓のヴェールである。これはイランで作られた最も耐久性のあるパテのひとつで、1世紀以上にわたって使われた。
最も有名なパテの絵柄は「生命の樹」であり、それには多くの呼び名が使われる。パテミーリー、パテテルメイー、パテジェッゲイー、パテバーダーミー、パテサルバンディー、パテアフシャーリー、パテコルデスターニー、などである。
他のパテのデザインとしては、ピーチャクトランジ(うずまきメダリオン)、サルヴチェ(小さな糸杉模様)、動物柄、特に鳥たちを描いたもの、ラチャクトランジ(メダリオンコーナー)を挙げることができる。
パテは、礼拝用の敷物、コーランの敷布、カーテン、クッションカバー、コースター、テーブルクロス、風呂敷、などの用途に広く使われている。
当店のショッピングサイトでケルマーンの刺繍、パテを販売しています。ぜひショップページもご覧ください。